魚釣りにおいて「○○という魚は頭が良いので中々釣れない」とか「△△の魚はスレていて全く釣れない」などという話を聞いたことはないでしょうか?
これらの話には多少の誇張があるとは思いますが、実際に釣り(特にサイトフィッシング)をしていると
「何で釣れないんだよ……」
「あそこまでいって食わないのか~……」
といった状況に出くわすこともよくあると思います。
「頭が良い・スレている」というのはなんとなく理解できますが、実際にはどの様にしてこのような状態になるのでしょうか?
毎日のようにルアーを目にしているから?
何回も釣られた経験によって?
それとも生まれつきライン・釣針を見分けることができるから?
これらの疑問は釣り人なら一度は考えたことがあると思います。
そこで、今回はそんな「魚の釣られにくさ・スレ」について調べてみました。
2つの仮説
少し調べてみると、魚の釣られにくさを決める要素は「生まれついての気質」(Martin仮説)と「経験を通しての学習」(Beukema仮説)の2つであることがわかりました。
つまり、魚は生まれつき用心深く釣られにくいものや好奇心(食欲?)旺盛で釣られやすいものがいて(Martin)、さらに、生まれつき釣られやすい魚でも「釣られた」という経験によって段々と釣られにくくなる(Beukema)というのが通説の様です。
ここでブラックバスの釣られやすさの個体差を調べた実験から3カ所を引用します。
釣られ方の相違から,オオクチバスを注意深い個体(careful),学習する個体(learnable),釣りやすい個体(fishable),その他の4タイプに分類した。注意深い個体は,調査期間を通して一度も釣られなかったか,実験開始後10回目の採捕日(9月29日)に1回だけ釣られ,その日まで釣られなかった個体とした。学習する個体は,実験開始後 1~3回目の採捕日(9月11,13,15日)に1回だけ釣られ,その後少なくとも7回の採捕日に連続して釣られなかった個体とした。釣られやすい個体は,調査期間を通して3回以上釣られた個体である。これらの3タイプのいずれにも含まれない個体をその他とした。
実験に用いた65尾のオオクチバスのうち,注意深い個体が8尾(12.3%),学習する個体が10尾(15.4%),釣られやすい個体が16尾(24.6%)認められ(Table 3),いずれのタイプにも分けられないその他は31尾(47.7%)であった。3つのタイプ間で体長に有意差は認められなかった(one-way ANOVA,F₂,₃₁=0.70,P=0.5065)。3タイプのオオクチバスの釣られ方から,釣られやすさや学習の有無については個体差があると認められる。
実験開始後1回目の採捕日に釣られた21個体とその他の個体との間で,2回目の採捕日以降の釣られ方に有意な差は認められなかった。このことは全体として,1回目の採捕日に釣られた,釣られやすい個体が学習によって釣られにくくなり,1回目の採捕日に釣られなかった個体と釣獲率においてほぼ同じ値になったことを示す。また,1日に釣れるオオクチバスの個体数は日ごとに減少した。したがって,本実験ではオオクチバスが全体として学習によって釣られにくくなると言えよう。
一方,実験期間中に釣られた回数は個体によって0~8回と大きく異なった。同じ個体が1日に2回釣られることも3例あり,そのうち2回は同じ餌で釣られたものであった。さらに,実験期間を通して4回以上釣られた個体については,いずれも同じ方法で3回以上釣られている。これらの事実は,釣針,釣餌,もしくはワームなどを学習する個体がいる一方で,学習せずに何度も針にかかる個体がいることを示している。
出典:日本水産学会「実験池におけるオオクチバスの釣られやすさに見られる個体差」J-STAGE、https://www.jstage.jst.go.jp/article/suisan/75/3/75_3_425/_pdf/-char/ja(参照 2018-7-29)
この実験はブラックバスの釣られやすさを個体差(Martin仮説)と学習(Beukema仮説)の両面から調べたものです。
これによると、ブラックバスには釣られやすさに個体差があり、全10回の釣獲日で全65尾中一度も釣られない個体がいる一方で一番多く釣られた個体は8回も釣られたとのことです。
釣られた回数が0~8回と大きく異なるのは意外です。それだけ釣られやすさには個体差が影響しているということなんでしょう。
さらに、この論文では釣獲結果によってブラックバスの個体ごとの気質を「注意深い」「学習する」「釣られやすい」「その他」の4つに分類しています。
分類方法(条件)・尾数をまとめておきます。
尾数 | 条件 | |
注意深い | 8尾(12.3%) | 0または1回(最終日)釣られた |
学習する | 10尾(15.4%) | 1~3回目の釣獲日に1回釣られ、その後7日以上釣られなかった |
釣られやすい | 16尾(24.6%) | 3回以上釣られた |
その他 | 31尾(47.7%) | 6日間のうちに2回、または1回(4~9回目の釣獲日)釣られた |
分類が少し複雑ですが、「釣られやすい」個体以外は全10回の釣獲日で2回以下しか釣られていない個体です。
これらは合計で49尾(75.4%)もいますから、7割以上の魚は元々「釣られやすくはない」気質だったということも言えそうです。
ちなみに全釣獲日を通して釣られた回数ごとの尾数は、0回が4尾、1回が24尾、2回が21尾、3回が8尾、4回が7尾、8回が1尾です。
……8回釣られた魚はある意味でガッツのあるやつなんでしょうね。1尾だけ釣られている数が異常です。
このように釣られた回数を見れば、釣られやすさには個体差が影響しているというのは簡単に理解できます。
では、経験による学習の影響はどうなのでしょうか?
どの様に学習の効果を調べるのでしょうか?
引用文中では、
『実験開始後1回目の採捕日に釣られた21個体とその他の個体との間で,2回目の採捕日以降の釣られ方に有意な差は認められなかった。このことは全体として,1回目の採捕日に釣られた,釣られやすい個体が学習によって釣られにくくなり,1回目の採捕日に釣られなかった個体と釣獲率においてほぼ同じ値になったことを示す。また,1日に釣れるオオクチバスの個体数は日ごとに減少した。したがって,本実験ではオオクチバスが全体として学習によって釣られにくくなると言えよう。』
と結論が述べられています。
ちょっとわかりにくいので補足しますと……
釣獲1日目で「釣られた魚」の全期間中での平均釣獲回数は2.76回。
これに対して、1日目で「釣られなかった魚」の全期間中での平均釣獲回数は1.55回です。
そして、1日目で「釣られた魚」の2回目以降での平均釣獲回数は1.67回。
1日目で「釣られなかった魚」の2回目以降での回数はもちろん1.55回です。
2日目以降の平均釣獲回数を見比べるとどちらの魚でも釣られた回数はそれほど差が無いのです。
つまり、釣獲1日目で釣られてしまうような「釣られやすい魚」でも釣られた経験によって、釣獲1日目で口を使わなかった「釣られにくい魚」と同様の釣られにくさになったと考えることができる、という結論になったわけです。
あぁ、こういう風に考えれば学習の効果がわかるのか…。
考えつかなかったなぁ。
……
しかし、ちょっと疑問に思うんですが、釣獲1日目に「釣られた魚」と「釣られなかった魚」に分けるのはいいとして…
実質、「釣られた魚」の9日間の釣獲回数と「釣られなかった魚」の10日間の釣獲回数とを比べて、差が無いから学習効果があったというのはちょっと乱暴な気がするんですけど…。
そりゃあ1日分の釣獲回数を無かったことにすれば似たような数字になってもおかしくないし……。
まぁ、私にはこの手の知識は無いので何とも言えませんので、見て下さった方々に判断はお任せします。
材料として同論文から図を引用します。
出典:日本水産学会「実験池におけるオオクチバスの釣られやすさに見られる個体差」J-STAGE、https://www.jstage.jst.go.jp/article/suisan/75/3/75_3_425/_pdf/-char/ja(参照 2018-7-29)
※ Careful=注意深い個体、Learnable=学習する個体、Fishable=釣られやすい個体、Others=その他
これが釣獲日と釣獲回数のデータです。
う~ん……どうなんでしょうね、これ。
1・2日目には20回以上だった釣獲回数は3日目からは減少しているので、学習によって全体的に釣られにくくなっているのは間違いなさそうです。
(1日目 23回、2日目 22回、3日目 13回、4日目 9回、5日目 8回、6日目 13回、7日目 13回、8日目 8回、9日目 7回、10日目 10回)
そして、釣獲1~5日目を前半、6~10日目を後半として分けてみると、前半に釣られたことのある魚は後半では釣られにくくなっているという傾向があるようにも見えます。
また、全体の釣獲回数は徐々に減少しているわけではなく、3日目で急減し、4・5日目でほぼ底を打っているのも面白い点です。
これを実際の釣り場に当てはめると、3連休で叩かれた後の釣り場では例え無垢な魚であっても「釣られにくい魚」に早変わりしてしまうということです。
「去年に行った○○湖は魚もスレていなくて最高だったな~」と思っていても、もう一度行ったらスレきっていた……なんてことは十分にあり得るということですね。
目視によって学習している可能性
さて、魚の釣られやすさを決めるのは「個体差」と「学習」の2つだというのはここまでで紹介した通りですが、私は魚の学習が「釣られる経験」によってのみ行われているということには懐疑的です。
たぶん、釣られる経験以外でもちゃんと学んでいるのではないかと思うんです。
ちょっと想像してみて下さい。
ルアー釣りでも餌釣りでもよいですが、あなたが釣りをしていると1尾の魚が釣れました。
この魚は何尾かの群れの内の1尾で、周りには仲間の魚がいたとします。
ここで魚の視点になって考えてみて下さい。
近くにいた仲間が「何か」に食いつくといきなり水面に引き寄せられられ、抵抗もむなしく水中から飛び出して消えていく……
恐ろしくないですか?
人に置き換えると、その光景はさながらUFOによるアブダクションの様にも思えます。
こんなショッキングな出来事を間近で見てしまったとしたら、食欲が失せたり警戒心が強くなる等の影響があったとしても不思議ではありません。
少なくとも仲間が食いついた「何か」には注意するでしょう。
そう、ですから……他の魚が釣られる瞬間を目撃した魚は釣られにくくなってしまうのです!
……ま、冗談ですけどね。すいません。
ここからは真面目にいきます。
では、マダイの捕食者回避に関する論文から引用します。
今回の実験の捕食圧経験時には,オニオコゼに他のマダイ個体が捕食されるのを目視したと考えられる個体は,その後オニオコゼの吻部に接近しなかった。
無処理魚と処理魚をオニオコゼの捕食圧に曝す実験においても,無処理魚はオニオコゼの吻部に近づき捕食されることが多かったが,処理魚はオニオコゼの吻部に接近することは,ほとんどなかった。捕食圧を経験することにより行動に変化が生じることは,経験直後,4時間,24時間の3段階全てにおいて,無処理魚と処理魚の間で被食尾 数の中央値に有意差が認められたことからも明らかである。
学習とは行動が経験によって多少とも永続的な変容を示すことと定義すると¹²⁾,人工種苗マダイはオニオコゼの吻部に接近しすぎた同種個体が捕食されることを経験すことにより,自分達が被食対象物であることを学習し,少なくとも24時間は記憶すると考えられる。
Suboski and Templeton¹³⁾も,同種個体が捕食者に捕食されるのを目視した個体は,その後捕食者を回避する能力が向上するとしている。本実験においても,人工種苗マダイの行動の観察より,マダイの学習手段は目視によるものであると推測した。出典:日本水産増殖学会「人工種苗マダイの捕食者回避における学習効果」J-STAGE、https://www.jstage.jst.go.jp/article/aquaculturesci1953/49/2/49_2_151/_pdf/-char/ja(参照2018-7-30)
さて、上記引用部にあるように仲間が捕食されるのを目撃した魚(ここではマダイ)は捕食者には近づかなくなります。
捕食者に近づかなくなる…。
これは言い換えれば自分にとって「危険なもの・危険だと見なしたもの」に近づかなくなる、とも言えます。
そう、別に捕食者でなくても魚から見て危険だと判断したものには近づかない可能性が高いのではないでしょうか?
例えば、ルアーなどは魚から危険だと判断されてもおかしくないはずです。
そして、引用文ではマダイの捕食者回避の学習手段は目視によるものではないか、と指摘されています。
目視で捕食者の姿や仲間への危害を正しく認識できる能力が魚に備わっているのだとしたら、自分にとって危険なエサである「釣針つきのエサ」や「ルアーなどの疑似餌」を見分けることができるようになってもおかしくありません。
これが、私が「釣られる経験」以外でも魚は学習すると考える根拠の一つです。
Beukema仮説は「釣針に釣られる経験」で学習するとされていますが、実際には釣られる経験をしなくても「仲間が釣られるのを目撃」することでも学習する可能性が高いのではないでしょうか。
まあ、私がそうだと思っているというだけで正しいかどうかはわかりませんけどね。
誰か研究してくれないかなぁ……。
おわり
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